間違った”引用”をしてませんか?

先日、公益社団法人日本文藝家協会から、

「『引用』ってなに」というタイトルの冊子が送られてきました。

あなたは引用の定義を調べる際に
何を調べますか?

ネットで調べると、辞典やウイキペディア、或いは
特定の個人が書いた文章が上位に出てきます。

「引用」のようにセンシティブな問題は、
やはり最も信頼性のある情報源をたどらなくてはなりません。

これ、非常に重要です!

辞典では表面的なことしかわかりません。
個人が書いたものは例え弁護士であってもあてにはなりません。

そういう意味で、日本文藝家協会が発する情報は
非常に信頼性が高いと言えます。

なぜなら、日本文藝家協会は文芸を職業とする者の
職能団体として設立された公益社団法人で、
文芸の著作権を管理する最大の団体だからです。

社団法人時代は文化庁が所管しており、
文芸家である会員と、著作権継承者である準会員によって構成されています。

私に対しては、著作権者として、
著作権の支払い報告書や関連情報などが送られてきます。

さて、送られてきた冊子「『引用』ってなに」の内容ですが、
56ページにわたって引用について語られています。
いかに理解や解釈が難しいものであるかがわかりますね。

重要部分をまとめます。

まず、著作権法での規定は以下のとおりです。

(引用)
第32条
公表された著作物は、引用して利用することができる。この場合において、
その引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その
他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。

(出所の明示)
第48条  次の各号に掲げる場合には、当該各号に規定する著作物の出所を、
その複製又は利用の態様に応じ合理的と認められる方法及び程度により、
明示しなければならない。

日本文藝家協会の「協会見解」として、
「引用」が認められるための要件として、
以下の5つの要件が示してあります。

1)「引用」であること
⇒主従関係(引用が従)と明瞭区別性の2つが必要か?

2)引用される著作物は公表されたものに限られること

3)引用が「公正な慣行に合致する」こと

4)引用が「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」であること

5)第48条に定める「出所表示」を伴うこと

補足します。

1)の主従関係は、必ずしも量的な比較だけで判断されるものではなく、
それぞれの体裁や内容を含め、総合的な比較、判断がなされます。

ただし、「明瞭区別性」と「主従関係」に関しては、最近の裁判例では、
その言葉を使用することが少なくなり、「公正な慣行」に合致するか、
「目的上正当な範囲内」と評価できるか、などを判断するものが多くなりました。

例えば「パロディ」は「明瞭区別性」と「主従関係」の要件を満たしません。
この点、「公正な慣行」と「目的上正当な範囲内」を判断するうえでも困難さに
あまり変わりはありません。
従って、日本では現在までのところ、パロディについては、
作者は著作権侵害とされるリスクを覚悟して、作品を創作せざるをえない状況です。
パロディの文化というものは表現の自由との関係もあり、いずれの国においても
重要なものといえるため、今後日本文藝家協会として、継続的な研究が必要とのこと。

5)の出所明示は、次の内容です。

「著作者名を表示することを原則とし、場合によっては、作品名(書名)
なども表示することが望ましい」

この点について、作品名、書名が明示されなければ、出所がわらないという
批判があるが、短歌や俳句などで代表されるように、正確な出典を記載するのが
難しい場合があるため、この表現になっています。

<歌詞の引用について>

日本文藝家協会と、日本音楽著作権協会(JASRAC)
との間で結んだ覚え書きによれば、歌詞の一節以内であれば、
自由に引用できるが、それを超えれば、JASRACが定めている
使用料を支払うことになっている。

<「引用」と「参考文献」>
「引用」という場合には、原則として引用される著作物の「表現」を
そのまま自分の著作物の中に取り込むことをいうので、その場合に、
出所明示の必要がある。
これに対して、参考にしただけであれば、思想は借りたとしても、
表現を借りているわけではないので、著作権法上の「引用」に該当しない。

<要約による引用>
著作権での保護の対象となる「著作物」とは、表現を保護するものであり、
思想をのものを保護するものではない。
従って、他人の著作物からアイデアのみを拝借して自己の著作物に
利用しても、著作権の侵害になることはないし、引用を問題にするまでもない。

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小林麻央さんとブログ

小林麻央さんの他界は、日本中に驚きと悲しみをもたらしました。

その影響力は、単なる有名人の死という範疇ををはるかに
超えるものでした。

彼女に向けられた国民の哀しみの大きさは歴史に残り、
いつまでも語り継がれるものと言って良いでしょう。

彼女を語るうえで、ブログの存在は欠かせません。

2016年9月1日に開設したブログは、
初日からものすごい反響がありました。

理由は、全国的な有名人であることに加えて、
がん患者であることを公表して始めた異例のものだったからです。

私はこの日、専門家の1人として、
ブログを注視していました。

PCの「更新マーク」を間を置かずクリックするたびに、
読者登録が数百~数千増えていくところを
目の当たりにしました。

「いいね!」やコメントの数も今まで見た事が
ない勢いで増え続けていました。

結局、翌日には読者登録が50万人に達していました!

単位が凄すぎて、今までの感覚と何ケタ違うのが、
指折り数えたのを覚えています。

個人を対象としたかなり頑張っている人気ブログでも
何年も運営して500あれば良いほう。

それの3ケタ上、
つまり1000倍を1日にして獲得したことになります。

数の多さは期待の大きさ。
とてつもない期待の大きさの中でスタートしたブログでした。

そんな中、期待に違わぬ、いや期待をはるかに超える
投稿を行ってくれたといって良いでしょう。

293日間で352回の投稿をしており、
読者数は最終的に200万人を超えていました。

彼女のブログは、がん患者だけでなく、
多くの病気と闘っている人たちに勇気と希望を与えました。

そして健康な人にも、
健康のありがたさ、大切さを実感させてくれました。
今悩んでいることがいかにちっぽけなものかとも。

普通であれば、自分の負の部分は見せたくないもの。
特にがんのステージ4という危機的な病状では、
情報を発信する余裕などないものでしょう。
闘病中の自分の顔写真を投稿するのも勇気が要るはずです。

さらには批判的なコメントや誹謗中傷にさらされることに
耐えなくてはなりません。

それだけに極めて貴重な内容でした。

私は、彼女の投稿内容が素晴らしいと思うのは、
バランス感覚に優れている点です。

根底は常にポジティブであり、
ときに落ち込むようなことがあっても、隠すのではなく
伝えながらも、最後には「希望」や「救い」に変換していました。

それがすべての人のあるべき心のありようを
教えてくれているような気がします。

ユーザー目線でいっても、
決して気分が暗くならない、むしろ勇気づけられる
内容になっていることが大きな共感を呼びました。

その最も象徴的な投稿が、
「『34歳の若さで可哀想に』と思われたくありません」

さらに、「2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、
色どり豊かな人生。だから、与えられた時間を、
病気の色だけに支配されることは、やめました。
だって、人生は一度きりだから」

これは究極であり理想のポジティブ思考だと思います。

小林麻央さんは、
健康であることの大切さ、がん治療のあり方、
生きることの意味、家族や愛の素晴らしさなど
たくさんのことを教えてくれました。

それを行った媒体がブログであり、
ブログ以外では十分にはできなかったことでしょう。

そういう意味で、ブログが持つ爆発的な
潜在的価値をも教えくれました。

彼女は可哀想なのではなく、
素晴らしい人生を送り、素晴らしい影響力を
発揮した女性として捉えるべきであり、
それが彼女のためでもあると思います。

日本中が流した涙は、哀しみではなく、
精一杯生き抜いた感動と感謝の涙として。

生前も女神のような存在でしたが、
あの世では本物の女神として元気に
活躍して欲しいと思います。

心からご冥福をお祈りいたします。

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国に働きかける”Webライティング学”とは?

当然のことですが、Webライティングは言葉の集合体から
できています。

だからWebライティングを突き詰めることは、
言葉を突き詰めることになります。

言葉の研究というのは通常「言語学」に属しますが、
Webライティングはそれとは違いますね。

「言語学」というのは、人が使用する言語の起源や構造、
意味を科学的に研究する学問です。

それに対してWebライティングの言葉研究は、
現代の言葉の実践的な利用法ということになります。

だから「Webライティング学」と言って良いでしょう。

以前、口語は話し言葉で、
文語は書き言葉として完全に分かれていました。

現在のWebライティングでは、口語と文語が混在しており、
SNSでは口語を中心にして文語が混じっていると言って良いでしょう。

Webライティングは文法的な観点からいっても、
比較的寛容といえます。

そして、国民一般に広く利用されていることを踏まえると、
Webライティングは現代の言葉(以後「現代語」と呼びます)の象徴です。

ただし、それが無法状態かというと決してそうではなく、
媒体や内容、対象によって一定の制約があります。

内容に関しても、日記、メモ、仲間だけに配る印刷物と比べると、
公序良俗に反することや差別的意見など厳しく排除されます。
(闇サイト以外は・・・)

現代語そのものを表す中心が、Webライティングだとすれば、
現代語を研究しまとめる役割を担えるのは、
日本Webライティング協会だけかもしれません。

誰もやっていない分野であれば、
私たちがやらなくてはなりません。

一気に責任の”重さ”と”やり甲斐”を実感します!

Webライティングは範囲が広いし、変化も激しいので、
非常に奥の深いもの。

僕は以前から中学や高校で教えるべきと思っていました。
そしてさらに、専門で研究する学課を
大学に作る必要があると思います。

Webライティング力が上がれば、
円滑で効果的なWeb利用につながり、
事故やリスクを軽減することができます。

また内容の多くは国際的にも通じるので、
日本企業が世界に出て行くうえでも有利に働き、
日本社会も良くなるでしょう。

ぜひ、国にも働きかけようと思います。

そして岩盤規制に風穴を空けます!!(笑)

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ネット依存症500万人の衝撃!!

私は生活するうえで、そして人生を考えるうえで
大事にしてることがあります。

それは、「人間の本質」。

人類が誕生し、進化してきた悠久の歴史を巡らします。

それから考えると自分の体験なんてちっぽけなもの。
「人間とはなんぞや?」という疑問は、
歴史に書いてあると言って良いと思っています。

人は太古の昔から常に狩りや農耕を行ってきた動物。

人類の直接の祖先である楽々二足歩行ができる霊長類になったのは
約400万年前と言われています。
その中にあって、Webが日常生活に溶け込むようになってまだ約15年。

仮に人類の歴史を1年として計算すると、
Webを利用するようになってからの時間は最後の2分!

つまり、人類が元旦から始まったとすると、
Webの期間は大晦日の夜11:58に始まったことになります。

SNSのくくりで言えば夜11:59。つまり最後のほんの1分だけの世界です。

それだけWebはまだ人類に影響をもたらして間もないということ。

だからどのような弊害があるのかが、全てわかりきってはいません。
まだWebの便利さばかりが強調されていて、
弊害が不当に陰に隠れてしまっています。

その傾向は特に日本では顕著です。

しかし既に分かってきている弊害があります。

最も深刻なのが、「ネット依存」

<ネット依存症で精神異常500万人の衝撃!>

インターネット依存症は既に中国や韓国では大きな問題になっていますが、
実は日本でも、既に国内推定患者数500万人と言われています。

そして中国の研究でインターネット依存症患者の脳の画像解析を行った結果、
驚くべきことがわかりました。

患者の脳は、大麻や覚醒剤などの麻薬中毒患者と同様の
神経ネットワークの乱れがあったということです。

麻薬中毒患者は、無気力、無関心で、人格が荒廃した状態になりますが、
ネット依存者も同じような状態に陥る危険があることがわかりました。

早くから国レベルの調査が行われている韓国でのネット依存の有病率は、
2010年に一般人口の8.0%、児童の12.4%でした。

2014年に日本の厚生労働省から発表された調査結果によると、
ネット依存の傾向が疑われる成人は421万人で、
5年前と比べて1.5倍に増加しました。

現在子供と大人を合わせると、
依存が疑われる人は500万人以上と推定されています!

中国や韓国では、その深刻さからネット利用の規制が強化されていますが、
日本では野放しの状態が続き、さらにスマホでのゲーム利用に
拍車がかかっている状態です。

世界保健機構(WHO)はインターネット依存症をアルコール依存症、
麻薬中毒と同等に、「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」
に含める意向を固めました。

具体的症状には次のものが挙げられます。
インターネットを使う、使わないのセルフコントロールが完全に破綻し、
睡眠も上手くとれず、食事もまともに食べられないぐらいに神経を
ヒリヒリさせてしまう。

遮二無二ネットゲームをやり続けて友人関係も大学も御破算になってしまう。
ネット利用を僅かでも妨げられると極度に暴力的となり、
金を盗んででもネットをやろうとするなど。。。

インターネットは麻薬と同じ。

「デジタル・ヘロイン」などとも言われています!

韓国では、国を挙げての取り組みが始まり、いくつかの政府機関が分担して、
若者の過剰なネット中毒に対応しています。

2011年には、16歳未満は午前0時から6時までネットにアクセスできない仕組みの
「シャットダウン制」を導入しています。

インターネットやネットゲーム、スマホといった技術革新から生まれた新たな産業は、
メリットばかりが強調され、その利便性や革新性が礼賛されました。
その陰に潜む依存性などの重大な問題にあまり注意を払いませんでした。

この恐怖の実態を知らないがために、ネット依存症にはまっていく人が
増えていくことは国の大きな損失でもあります。

今後は国主導の対策が求められます。
そしてあなたがこれからすぐに行うべきは、、あなたがその危険性に敏感になり、
あなた自身はもちろん家族や知人が「デジタル・ヘロイン」の犠牲にならないために
対策を打つことです。

特に子供を守ることは大人の責任です。

時間を上手にコントロールできなくなったら「依存症」そして「中毒者」
の恐れがあります。

あなたはいつのまにか最も重要なことを忘れていませんか?

ぜひ下記の診断を行ってみて下さい。

<自分でできるインターネット依存症判定>

「はい」か「いいえ」で回答。「はい」が5項目以上ある場合は、「病的な使用」と判定。

1, インターネットに夢中になっていると感じるか
2, 満足を得るために、ネットを使う時間を長くしていかなければならないと感じるか
3, 使用時間を減らしたり、やめようとしたが、うまくいかなかったことが度々あったか
4, ネットの使用をやめようとした時、落ち込みやイライラなどを感じるか
5, 意図したよりも、長時間オンラインの状態でいるか
6, ネットのため、大切な人間関係や活動を危うくしたことがあったか
7, 熱中しすぎていることを隠すため、家族にウソをついたことがあるか
8, 嫌な気持ちや不安、落ち込みから逃げるためにネットを使うか
(中高生向けに作成されたものを成人向けに一部改変しています)
参考:DSM-Ⅴスクリーニングテスト

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『階層構造を意識しよう!』:山田理事

最近、コンテンツマーケティングだの、コンテンツSEOだのという言葉を
良く聞きます。

ようはコンテンツで勝負していこうって話しです。

コンテンツで勝負ということは、それなりのコンテンツでなくてはならない
ということです。

長さも、深さや濃さも…。

実際、今までのブログであれば、
1記事600?800文字ぐらいで、1記事1義と言われておりましたが、
それだと検索結果になかなか上位表示されなくなった間隔があります。

今だと、上位表示されているブログ記事を見る限り、
1記事に最低でも1000文字以上はマストですかね。

1000文字の文章を書くとなるとなかなか大変です。

今までのように1記事1義で、言いたいことを書くだけ書いて終了
という訳にはいきません。

しかも、1000文字の文章を一気に読ませるには、それなりの文章力といいますか、
展開力が必要となりますからね。

そこで意識してもらいたいのが改装構造です。

文章を一気に1000文字を書くのではなく、記事タイトルの他に、
大見出し、中見出し、小見出し、本文という階層を作りましょうということです。

この階層を遣った文章を書く場合、求められるのは俯瞰した視点です。

今までのような伝えたいことを一気に伝える一本調子の記事ではなく、
俯瞰して階層構造を取り入れることにより、立体的に伝えることができ、
厚みのある文章を書くことができるようになります。

階層構造を作る場合には、全編通して、どの階層をどういう位置づけで使うのか、
どの階層で何を伝えるのかを事前に決めておく必要があります。

もしくは、言いたいことをグルーピングして、つなげていく方法もあります。

この方法の場合、加筆も楽にすることができますね。

階層を作る場合、
たんに階層構造にすればいいのではなく、各階層感での整合性も
取っていかなければなりません。

各階層感での整合性というのは、大見出し、中見出し、小見出しで
文体を合わせるというものです。

ここをしっかりやらないと、階層のルールが不明瞭になり、
だんだんなぁなぁになって、最終的にはグダグダな文章になってしまいましので、
ルール化は最初にしておくことをオススメいたします。

記事の階層構造ができたら、ブログタイトルをトップにして、カテゴリー、
記事タイトルも階層に加え、壮大な階層構造を意識していくようにしましょう。

それがあなたのノウハウの体系化ということになり、
そこまで意識してできるようになったら、
出版もそれほど難しくなくできるようになると思います。

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コンテンツは少し盛った方がいい:山田理事

■コンテンツは少し盛った方がいい

書籍にせよ、ブログにせよ、コンテンツを発信する場合には、少し盛った方がいいです。
「こんなに便利なんだよ」「こんなに凄いんだよ」「こんなに素晴らしいんだよ」
…と、言った感じに。

それぞれが配信するコンテンツは、それを読む者から時にはお金を、
時には時間を奪っています。
読者から奪う者がある以上、何かお得感がなくては読者の読後感があまり
いいものではなくなってしまいます。

結果、その人のコンテンツは読まれなくなるという…。

だからこそ、この盛るということをしなくてはならないのですが、
日本人は非常に苦手のようです。
奥ゆかしさが美徳という文化的な側面があるのかもしれません。

でも、実は、この盛るということをした方がいい理由は、他にもあるのです。

コンテンツを発信して、何かを伝えようとしたとき、淡々とした解説のような
コンテンツになることが多くありませんか?

何かを解説しようと思うと、つい目の前にあることをどう伝えるかばかりに
気がいってしまって、読者不在の自分本位なコンテンツに
なることが非常に多くなります。
一生懸命に伝えているつもりでも、伝わらない…。

理由は簡単。

淡々とした解説というのは、よほど困っていない限り、読みたいと思いません。
そもそも、淡々とした解説は面白くないですからね。

で、そこで必要なのが、この盛るということ。

同じ解説をするのでも、端に解説をするのではなく、それをした結果、
「こんなに便利なんだよ」「こんなに凄いんだよ」「こんなに素晴らしいんだよ」
…となっていると、自然と読者に向いたコンテンツになっていきます。

読者に伝えるべきは、解説ではなく、その結果。
そして、その結果を伝えるための、解説。

そう考えると、どうやって読者にこの魅力を伝えようかを考えるようになり、
その淡々とした解説に命が吹き込まれます。

すると、読んでいる方もワクワクしながら読むことができますし、
それを読んだ結果、得られるものがあるような気になるわけですから、
読後感も満足してもらい、また読んでもらえるようになるということです。

実際、いろいろな書籍を編集してきて思うのは、奥ゆかしい人の原稿ほど
淡々としていて面白くない。
読んでいても、やりたいと思わないんですね。

逆に、情報起業家さんの原稿は日本語としての出来はさておき、
何だか読んでいてワクワクするんですね。
早くやりたくなるんです。

この違いを考えた時に、もっと盛るということを意識することで
面白いコンテンツになる人って、意外に多いんじゃないかなぁ?と思った次第です。

ただ、盛りすぎると、逆に不快感を与えますし、
発信者への不信感が芽生えかねないので、注意しましょう。

何事も適度が大事ということで。

山田理事のブログ⇒ http://ameblo.jp/shuppanproduce/
ケイズパートナーズ⇒ http://shuppanproduce.jp/

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1回の投稿で人生を狂わせた女性の話

集客でも、プライベートでもネットの利用は日常化しましたね。

しかし、ネットには炎上などの大きなリスクが潜んでいます。

不用意な投稿によって、炎上し人生を
狂わせるリスクは誰にでもあるものなのです。

そこで、一例として
「史上最悪の炎上事件」と呼ばれる事件をご紹介します。

これは2013年に起こった
「ジャスティン・サッコ事件」です。

イギリスの会社に勤めるマーケティング担当の
女性「ジャスティン・サッコ」が、休暇を利用して南アフリカに
行くことになりました。
南アフリカは父の出身地なのでなじみのある土地でした。

彼女はロンドンの空港でツイッター上で次のように
投稿したのです。
「これからアフリカに行くところ。エイズにならないといいけど。
なんてね、冗談よ。私は白人だもの!」

彼女のツイッターのフォロワーはたった200人。
ほんの軽いジョークのつもりで言ったのかもしれませんが、
またたく間に批判のツイートが殺到し始めました。
「差別」の中でも「黒人差別」は非常に糾弾されやすいもの。

何分後かには「サッコを解雇せよ」という声が吹き荒れました。

このような大変な事態になっていることは、
彼女は飛行機の中にいたため、気がつくはずもありません。
ツイートはそのまま残り続けていたために、
多くの人がリアルタイムでそれを見ることとなりました。

彼女のツイートから7時間後にはハッシュタグが急速に伸び、
またたく間に国際的なトレンドトピックになりました。

このため、彼女が着陸する時点で、ダメージは回復不能!
それどころか、あるツイッターユーザーは、空港でサッコを探しだし、
彼女の写真だけでなく、父親から叱責されている様子をツイートしました。

そのハッシュタグのついたツイートは24時間でなんと10万を超えました。
この事件を受け、サッコの勤め先は、彼女をただちに解雇しました。

彼女は翌日、謝罪声明を出しましたが、すべては後の祭りでした。。

「私は白人だもの!」

この一言さえ書かなければ、
何も問題になることはなかったでしょう!

この事件から学べるのは次の3つではないでしょうか

●フォロワー数が少なくてもとんでもない炎上が起こりうる

フォロワー数200だったので、本人は仲の良い友達に話すような
感覚で投稿したのかもしれません。
しかしSNSの拡散性はフォロワー数とは関係なしに
とてつもなく大きいと考えなくてはならないということ。

●炎上が起こったら、その初動対応が非常に重要

彼女は長い間機上にいたため、不幸にも投稿を放置した
状態になったために、大きな炎上に発展しました。
すぐに投稿を削除して謝罪すれば、ここまでの大事件には
ならなかったでしょう。

●差別発言は非常にナーバスな時代

最近では過剰すぎるのではと思えるほど
「差別発言」に対して、厳しく取り締まる風潮になっています。
差別的発言をしないことが、言論の自由より優先される傾向にあります。
差別とは主に人種差別、性差別、障害者差別です。

誰もがきっと心のどこかに持っている「差別」「区別」が、
心が高揚したときや腹が立ったときに、不適切は表現になることがあります。
厳に慎まなくてはなりません。

特に注意しなくてはならないのが、有名人の炎上より、
むしろ一般人の炎上のほうが恐いということ。

有名人の場合は注目度が高いため、炎上が起きやすいですが、
擁護派も少なからずいるので、炎上が批判派と擁護派の
二手に分かれます。

これに対して一般人は炎上が起きにくいものの、
一旦起こってしまうと、批判ばかりが巻き起こることになります。
ですから、一般人の炎上の方がたちが悪いと言えます。

「差別主義者」などというレッテルを貼られたら最悪です!

会社のスタッフが起こしてしまっても、
やはり会社に対する炎上が起こります!

だから個人も企業も「炎上対策」は必要不可欠なのです。

その1つの解決策が協会にはあります!!

<解決策1>

「Webライティング能力検定」を社員教育で利用⇒ http://xn--web-pi4be7e0holjd5870bgnlr36hwfd.net/

<解決策2>

WebライティングスキルUP特訓講座⇒ http://wwkentei.com/seminner/

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第三者の情報を扱う場合の注意点:山田理事

■第三者の情報を扱う場合の注意点

多くの人がブログなどのソーシャルメディアで情報発信をしている昨今、
参考になる情報もありますし、皆さんに紹介したい情報もあります。
しかし、ほぼ全ての情報には発信者の著作権という権利で守られており、
第三者が無闇に扱うことはできません。

ただし、著作権で守られているのは、文芸、学術、芸術、音楽などで
表現されているものを差します。
アイデアや手法は、この限りではありません。

まぁ、著作権に関する法律では、いろいろ細かく定められておりますが、
基本的に自分の頭で考えて、それを表現する限りは基本的には問題ないと
思って構いません。
気になる人は、こちらのサイトをご一読ください。

公益社団法人著作権情報センター
http://www.cric.or.jp/

ただ、悪意はなくても、問題になることがたまにあります。
それが、参考にしてしまった場合と紹介してしまった場合です。

前者の参考にしてしまった場合というのは、あくまでも参考にしただけで、
自分の言葉に置き換えて表現されているのであれば、
それは著作権外の話しとなります。

ただ、私も実際にありますが、自分しか言っていないノウハウを
自分のセミナーに参加した人があたかも自分で考えたノウハウかのように
ブログに書かれている場合があります。
これは、法律上、著作権外の話しとなってしまうため、
咎めることはできません。
しかし、心情的には決して気持ちのいいものではありません。

このあたりは、それぞれのモラルの問題ということになりますが、
「〜と、●●はおっしゃってました。」とか、
「●●さんによれば、〜ということみたいです。」
のような情報の発信者を紹介しておいてもらいたいものです。

しかも、同じセミナーに参加した人が、その投稿を見かけたら、間違いなく、
「こいつ、パクったなぁ〜」と思われますし、その発信者の耳にも入りますからね。

次に後者の紹介してしまった場合というのは、その原文を自分のメディアに
掲載したりすることを意味します。
発信者に断りもなく、勝手に発信者の文章を転載することは、
著作権に引っ掛かります。
基本的には、発信者の許可を得るようにしてください。

ただし、『引用』という扱いであれば、許可を取らなくてもよいとされております。
では、その『引用』という扱いというのは、どういうことなのかというと、
自分が発信する情報にどうしても必要な第三者の情報を取り込むことをいいます。
ただし、『引用』をする場合は、人の著作物を扱うわけですから、以下のような
厳重なルールを厳守しなければなりません。

・カギ括弧や囲み、下線などを用いて、引用部分を明確にする(明瞭区分性)

・引用する必然性があり、主従関係を明確にした上で、
必要最低限の引用にとどめる(主従関係)

・原文を改ざんすることなく掲載する(同一性保持)

・著作権者名、題名、出所などを明示する(出典元の明示)

著作権とは別ですが、肖像権の扱いも注意しましょう。
肖像権というのは、
写真などに映り込んでいる情報から個人を特定できる場合は、
その人の許可を取らなければならないというもとです。
ソーシャルメディアの普及により、
街中で気軽に写真を撮影して投稿されている人も
多いですが、そのバックで映り込んでいる人が特定できる場合、
見つかったら訴えられる場合もあるということです。

いずれにしても、これら第三者の情報を扱う場合は、
法律云々も大事ではありますが、
それよりも、自分の情報を同じように扱われた場合、
どう感じるかを考えるようにしてください。

もちろん、違法行為には注意しましょう。

山田理事のブログ⇒ http://ameblo.jp/shuppanproduce/
ケイズパートナーズ⇒ http://shuppanproduce.jp/

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文章を発信(提出)する前に行うこと

◆プライベートな文章

個人的なブログやSNS、LINEに文章を発信するときには、思いのまま、自由に好き勝手に文章を書いて良いと思っている方が多いようです。
でもインターネットを介して発信する場合には、秘密の日記を書くような場合とは事情が異なるので注意する必要があります。

ネットに発信するということは、たとえ後で削除したとしても、ダウンロードされた文章が永遠に残ってしまうこともあるのだということをお忘れなく。
また読み手のことを考えるなら、文章を書く前と発信する前に、一度深呼吸をして、文章を読み返す心のゆとりが必要になります。

読み手を無用に傷つけたり、嫌な思いをさせたりしないか。
不愉快な思いをする人がいないかと、想像力を駆使することも必要。
文章を書くときには、リアルな人間関係と同じ気遣いが必要なのです。

◆ビジネス用の文章

とくにビジネス用の場合、書き上げた文章を提出したり、発信したりする前には必ずコピペのチェックをしましょう。
自分で書いた文章がコピペしたものでないかどうかをチェックするなんて、おかしいと思うかもしれませんね。
けれども自分ではそのつもりがなくても、万一、同じ文章がWeb上に存在していたら。
ビジネス用の文章で言い訳はできません。
コピペチェック用のソフトを活用して、簡単なチェックだけでもしておけば安心です。

コピペチェックのほか、文中で使用した情報に誤りがないかどうかのチェックも、当然のことながら必要ですし、文章の校正も重要です。
また法令に違反するような表現をしていないかどうかについても、チェックするようにしましょう。

◆依頼を受けた原稿

依頼を受けた原稿を提出する前にも、ビジネス用の文章と同じようにコピペチェックは欠かせません。
また文章の校正や情報の確認、法令チェックも欠かせません。
お客様に提出してしまってからでは修正や訂正はできません。
何度でもチェックして、間違いのないように気をつけましょう。

個人的な文章とは違い、
ビジネス用や依頼を受けて書いた文章に誤りがあった場合には、書き手である自分だけでなく、
会社やお客様の信頼をも傷つけてしまうことになります。
お客様にとってプラスになる原稿を仕上げたつもりでも、1つの誤りによってプラスどころかマイナスの結果となってしまうのです。
それを避けるためにはとにかく何度でもチェックを繰り返すことが必要。
文章を提出する前に書き手としての責任でしっかりと文章を校正しましょう。

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Webライティング学院の2つの目的とは?

まずはご報告です。

「Webライティング能力検定」が商標登録されました!

これで「本気である」という箔が付きました。

どこかがマネしようとしても、
同等の名前ではできませんし、
混同するような類似の名前さえ使用することはできません。

また、来週から開校する「Webライティング学院」
も商標登録申請することにしました。

弁理士曰く「問題なく取得できるでしょう」とのこと。

Webライティング界のパイオニアとして、
こういった基本はきちんと行わなくては!です。^^

それが参加利用者の権利を守ることにも
つながるからです!

<Webライティング学院のビジョン>

いよいよ来週から「Webライティング学院」
が開校しますが、その今後のビジョンについて
お話したいと思います。

「Webライティング学院」の目的は大きく分けて
2つあります。

1番の目的は、
学院生に稼ぐ力を付けていただくことです!

【稼ぐ力】

稼ぐ方法は次のものがあります。

・試験監督
・アフィリエイト
・セミナーや塾講師
・ライター
・協会からの仕事の斡旋

最もすぐにできるのが、試験監督とアフィリエイトです。
試験監督は既に説明しましたね。

学院生のアフィリエイト報酬は
資格取得者の2倍の6000円です。

凄くないですか?

優れたWebライティングの普及を通じて、
簡単に大きな収入になるのですよ!

卒業時には公認インストラクター資格を
取得できますので、
それを背景にセミナーや塾を開催することができます。

内容に関しては何も縛りはありません。

僕が行っているものと同等のものでも
結構ですし、得意分野に特化したものでも結構です。

必ずそれぞれの得意分野や好きな分野が
出てくるはずです。

コピーライティングだったり、

ビジネスメールだったり、

メルマガ文章だったり、

ブログ運営法だったり、

リライトだったり、

SEOだったり、

炎上対策だったり、

法律、倫理だったり、

感動ストーリーだったり、、、

それを伸ばして、ぜひその分野で
日本一になって欲しいと思います!!

その得意分野を一般の人にはもちろん、
企業研修などでも講師として活躍していただきます。

ライターとして、単価の高い仕事が
できるようになるのも大きいですね。

コピーライターは1枚数十万円の仕事が
あり得ますし、SEOや法律を踏まえた文章が
書ければ、単価は格段に上がります。

また、
協会に来た注文で、お任せできるものは、
優先して仕事として発注いたします!

【人間力】

そして、
「Webライティング学院」の目的の2つめは、
「人間力」を磨いていただくことです。

「人間力」に対する僕の勝手な解釈は、
「自分が幸福になり、周りに良い影響を与えられる力」
です。

どんなに技術ばかりを高めても、
志が低かったり、自身のモチベーションが続かないと、
自分も周りも不幸になります。

何を成功するにも、
土台が強固でないと、、
どこかでもろく崩れてしまうことになります。

学院ではしっかりと「人間力」磨きも
していただきます!!

そうすれば、自分も人も長期的に豊になれます!

【ビジョン】

学院のビジョンとして、人数に対する夢は
ありません。

検定の場合は、数が重要なので、
100万人受検を目標にしています。

しかし、学院の場合はあくまで質重視ですので、
意識の高い人だけに参加していただいて、
少数精鋭主義でいきます!

「お金さえ払えばインストラクター資格もられるんだろ」
という方はむしろお断りします。

学院のビジョンは、
「卒業生全員が活躍する」ことです!

通常は人数目標や、売上目標が出るものだし、
そうしなくてはいけないともされています。。。

でも僕はあえて、数字は出しません。
ここでの数字に意味を感じませんし、
そんな数字を掲げて達成したからといって
ただの自己満足ですから。

【募集】

開校は来週の14日(木)。

早期割引はあさって9日(土)で終了。

また、12名になり次第募集は
打ち切りになります。

入学者には徹底的にサポートいたします!!!

最後にクラーク博士の言葉を
原文でご紹介します。

「Boys, be Ambitious like this old man.」
(=少年よ大志を抱け この老人のごとく)

「Webライティング学院」⇒ http://webwriting.top/

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